微生物の音響放射 (AE)センシング
(蔭山)
微生物の音響放射(AE)
イースト菌などの微生物は,発酵によりエネルギーを得ています。発酵時にはCO2やO2などのガスが発生して,培養液中に溶存します。その後,これらの溶存ガスは培養液中において気泡核生成と気泡の合体が生じて,いずれは液面まで到達して消滅します。
このとき,培養液中にECSを投入するとセンサに付着した気泡の付着・合体・分離でAEが生じます。培養液に直接接触させることができ,広帯域AE測定が可能なECSは,周波数帯域が明らかでない発泡や培地の剥離により生じるAEの測定に適しています。
微生物の代謝によるガス放出とAEの発生
イースト菌発酵のAE測定
イースト菌は糖を発酵により,糖をエネルギーとCO2に変換します。この際,炭酸ガスが気泡となって発生してAEが生じます。下図は,ショ糖溶液を入れた培養槽にECSを投入して,イースト菌を添加した時のAE測定の様子です。
ショ糖溶液中のイースト菌発酵時におけるAE測定
ショ糖溶液中のイースト菌の発酵で検出されるAEの信号波形とウェーブレットスペクトルの例を下図に示します。10 kHz以下から100 kHz以上まで幅広い周波数をピークとするAEが検出されます。このようなAEのピーク周波数は気泡のサイズ関連していますが,さらに培養液中での音の減衰の影響も受けます。そのため,様々な周波数のAEが検出されていると考えられますが,センサ近傍のAEに限定することで生じている気泡のサイズを特定できる可能性があります。
イースト菌の発酵AEの波形とスペクトル例
AEが多数生じているのは,発酵が盛んに生じていることを意味します。すなわち,AE数で発酵の様子を知ることができます。下図は,ショ糖溶液で検出されたAE数の累積数とその3時間前のショ糖溶液の糖度との関係を示しています。AE数と糖度には強い相関があり,AE測定により発酵の活性を把握できるのではないかと考えています。
イースト菌の発酵AEの累積数と培養液の糖度との関係
もろみでの酵母のAE測定
日本酒の製造工程に,蒸した米に酵母を加えたもろみで,酵母が発酵してアルコールを生成する仕込みという過程があります。このとき,もろみの中で発酵により炭酸ガスが発生し,もろみの表面には泡が大量に生じます。このとき,もろみの内部で既に泡が生じており,ECSをもろみに投入することで発泡のAEを検出することができます。
下図は,奈良県の蔵元である美吉野醸造においてAE測定を行った時の様子です。木桶でもろみを発酵させているときに,ECSと温度センサを投入して温度とAEを同時に測定しました。
もろみでの酵母の発酵時におけるAE測定
もろみの中で検出されたAEのウエーブレットスペクトル例を下図に示します。ショ糖溶液中での発酵と比較すると低周波のAEが多いことが分かります。これは,もろみは粘性の高い液状の培地のためECSに付着した泡がより大きいサイズまで分離しないことと,音の減衰が強いことが原因と考えられます。いずれにしても,このようなAEは仕込み中に常に生じています。
酵母の発酵AEのスペクトル例
下図に,もろみ中で検出したAE数の日別数の挙動を示します。仕込み開始時から測定も開始していますが,初期にAE数が大きく増加し,その後変動しながら緩やかに減少しています。通常,仕込みから1週間程度で大部分の発酵が終了していると考えられており,AE数も同様の挙動を示します。一方で,AEは,仕込み終了時まで生じています。仕込み終了時付近は,アルコール濃度が高いため酵母は活動していないと思われていますが,AE測定からはそれでもある程度は酵母が活動しているのではないかと推測されます。
また,加水と四段は仕込みの作業を示しており,それぞれ水ともろみを追加しています。このような作業が日別AE数はゆるやかに変化しているようにも見えますが,これらの作業とAEとの関連を今後調べていく予定です。
酵母の発酵での日別AE数の挙動
酵素の発酵のAE測定
おがくずに糠と酵素液を加えると,酵素が発酵によりおがくずを分解します。この時に発生する熱を利用した温浴(発酵温浴)があります。このときの発酵の培地は,下図に示すようにおがくずが主となる粉末状です。このような培地では発酵で生じた炭酸ガスで気泡が生じることはありませんが,下図のようにECSと温度センサを取り付けたステンレスプローブを培地中に投入して,AEの測定を試みました。
発酵温浴での酵素の発酵時におけるAE測定
発酵温浴の培地中の温度変化と時別AE数の挙動を下図に示します。この施設では,局所的には培地の温度は80℃と高温に達しますが,ステンレスプローブで熱が逃げているのにも関わらず,発酵によりプローブの温度は70℃以上になりました。そして,このときAE数も増加する傾向を示しました。これらのAEは,センサに水蒸気が付着して水滴の合体や蒸発,分離などが原因で生じていると推測しています。そして,AE頻度がピークに達してから数時間後に温度が最大ピークを示します。これは,培地中が酸欠状態になって発酵が停止してAE数が減少し,その後熱が上昇してきて温度が遅れてピークを示したのではないかと考えています。
おがくず中の酵素の発酵時における培地内の温度と時別AE数の挙動